遂にPCをアップデートした。連絡やインターネット・制作において不自由はなかった。しかし5月末、野外ライヴでの熱暴走を経験したため、パフォーマンスにPCが必要な以上、買い替えが避けられない選択となった。
全ての機能が1台に集約された利便性を取る代わりに、世の激流に迎合していく代償を支払わなければいけない。旧USB、SDカード、HDMIのポートも無くなってしまい、ただただ不便。いったい世の中 (わたし) はなにを目指しているのか。
—
25日の木曜日は両国SUNRIZEにてダブルドラムでのセッションイベント【DRUM SHED SPECIAL 14】お足元悪いなか、ご来場ありがとうございました。これまで十数名のゲストを呼び込みお祭り状態にしていたイベントだったが、第14回目にして凝縮した6人のホストドラマーを中心に開催する初の試み。
ドラマーがドラマーとセッションできる機会は少なく、はじめましてから久し振りの再会、新しい出会いが生じる当イベントはミュージシャン同士の交流の場としても大変有意義だ。個人的にはムチオくん、そしてまさかのタケシさんのご来場により、積もる話が沢山できたのが嬉しかった。
—
ドラム2台を向かい合わせにセッティングし、ベーシスト笠原佑介・MC瀬尾雄一郎 (ドラマー)・主催のウエダテツヤ (ドラマー) でフリーセッションを進めていく。参加者は自由に飛び入りできるが、ギタリストやドラム以外のパートであれ、参加できるのは「あくまでもドラム」というのが、このイベントの趣旨。
一見「ドラマー」に限定した内容にもみえるが、これは究極の「誰でも気軽に参加できるセッションイベント」といえる。
例えば弦楽器は押さえ方、管楽器は吹き方など、音が出るまでが難しい。ピアノなど鍵盤楽器は押せば音が出るが、音階やコードの知識が必要になる。ドラム (打楽器) はスネアでもタムでも、どれかを叩けば音が出るため、参加へのハードルが極力低い。
そしてダブルドラムなので、片方にホストドラマー・もしくは叩ける相手がいればビートは崩れず、メロディーではないため違和感も生じにくい。完全な未経験者でも、どこかを叩いていればセッションの一端を担うことができるわけだ。
そのホストには SMAPやSEKAI NO OWARI でも叩いているようなドラマー (MIKE MARRINGTON) をはじめ、百戦錬磨・手練れの個性派ドラマーたち。彼らのフリーセッションを見て感じ、さらには一緒に音を出せる機会が設けられている。
音楽の3大要素とはメロディー・ハーモニー・そしてリズム。ドラム以外の全てのパートに「リズム」は不可欠な要素だ。頼らず自らリズムを出せる・相手のリズムに乗れるというのは全ミュージシャンの必須項目といえよう。
ポールダンスにテキーラガール。この日もベーシストや、セッション未経験ドラマーの勇気ある飛び入りなど、美しい瞬間が多数生じていた (武田、オダブツ、ありがとう!)。最後はドラムの各パーツがフロア側に散りばめられ、入り乱れる音・ビート・リズムでの大団円となった。(しかし写真が全然撮れていない…)
—
開演前に話した瀬尾さんの言葉を借りれば、英語で喋ろうとするときに「文法を覚えていないから喋れません」と参加を辞退してしまっては、いつまでもコミュニケーションの機会は訪れない。
思い返せばロンドンへの往来を始めた頃、英語もろくに喋れない当時のわたしは、バンド名、曲名、そしてドラムを用いてコミュニケーションをしていた。「SLAYER! CHEMICAL WARFARE!」それだけで意思疎通が成立してしまう経験は、音楽の在り方・価値観の根幹としていまでも強く残っている。(というか、今でもよくやる)
音楽の本質的な素晴らしさとは、音が言語となり、年齢や立場など、社会が生み出したありとあらゆる衝立てが取り払われ、平等のもと「意識の共有体」を求めようとせんところである。
ゆえに相手や環境がなんであれ、全てがフラットに存在するステージで初めて「音楽」は生まれる。ウエダテツヤ氏が目指すイベント (自由) の目的地は、楽器未経験者も含めた参加者全員が、ドラムに座って「音を用いたコミュニケーション」を体験することなのではないか、と勝手に推測している。
—
ウエダテツヤ10年間の結集。半年に一度のペースを計画せんとする【DRUM SHED SPECIAL】ウエダ氏に1つだけリクエストがあるとすれば、コヤノ食堂は是非とも次回また呼んでいただきたい。今後の未来を、テキーラのリズム共に待ち望むとしよう。帰りしなニンニクを過剰摂取しての帰還。お疲れさまでした!
それでは、続きはwebで。チーン。
