RICH FOREVER とは。それは例えば、物価・家賃共にトップクラスのノルウェー・オスロという地で個人部屋を当てがわれてしまうことを指す。幸運が重なり、Knærten の兄弟が使っていないアパートを使わせてもらえる運びとなった。ライヴ翌日にKai 邸から引越しを完了させる。昨日の雰囲気だとEspen 戦闘員も宿を考えてくれていたらしく、至れり尽くせり…。
割引された豚肉を中心にFårikål をイメージした煮物を作る。調味料が全くなかったため、塩とバターのみで持っていけたか。
Olaからお誘いいただき、HærverkにてNeedlepoint: Bjørn のソロ名義ライヴへ。改造したSGと手操作によるエフェクター。指に嵌める金属などなど。カンタベリーを感じさせる歌声と、滲み出るジャズ・プログレッシヴロックの質感。どこを切り取ってもBjørn 節。丁寧で優しい時間に包まれていた。
終演後はOlaと挨拶に回る。去年の出会いを覚えてくれていたBjørn。Jaga Jazzist ドラムの Martin とも遂に会えた。初手から MANNEGLASS が出てくるとは流石…。Ola 曰く「これでOslo のミュージシャンとは大体繋がった」とのこと。MANNEGLASS 無双。
その後バーに連れて行ってもらい、Espen 戦闘員合流。彼の家に預けている機材を取りに行くにはこのタイミングかと判断し、戦闘員宅に泊めていただく流れとなる。こうしてバー後、Ola は先に帰り、Espen と共に戦闘開始。Revolver にて杯を交わし、自宅へ到着する…と、家のライトニングケーブルが全滅。こうして現在旅行中のレベッカ宅へ移動し、なんとか充電ができて沈没。
9月10日 (木)
Espen 戦闘員は今日から始まるショーケースイベント “By:Larm” の準備に追われていたのである。お忙しいなかありがとう!朝方に起床、戦闘員宅から無事機材を回収し、宿へ戻る。
Bjørn のライヴで会ったアンドレアスはbig dipperの店員さんということで、店舗に赴いてみるも既に帰ってしまったらしい。セールということで掘ってみるもやはりノルウェー価格。Louis Armstrong のノルウェープレス7インチを購入。
こうしてDET NORSKE TEATRET へ到着。Why Kai が音楽を担当する舞台「2002 ntoro yume」のゲネプロ回にお呼びいただく。ヘッドホンにスイッチが付いており、3種類の音声に切り分けられるというサイレントディスコのような仕組み。
前提として、英語ですら聞き取りが弱いため、ストーリーはほぼ理解できていない。
TV CMのオマージュをしたような映像の羅列から始まる。ノルウェー語のため何を言っているかがわからないが、ひとり「爆ウケ」しているオーディエンスがいて、何を言っているかが気になった。Why Kai のCM映像もあり。
インターネットミームとして有名な映像の羅列が続く。明日の公開日に合わせてか、9.11の映像が頻発する。演劇と聞いていたが、映画のようだ。本編に入るとヘッドホンのスイッチが切り替えられるようになる。
青ボタン:メインスクリーンの物語。割と英語もある。
緑ボタン:サブスクリーンで、Why Kai が音楽を担当。
赤ボタン:ラジオステーション?という設定での音楽。
スクリーンは画面割りがされており、メインといえる青チャンネルは概ね英語でストーリーが進んでいくことがわかったため、言っていることはなんとか掴めるものの、突拍子ない展開でストーリーは進んでいく。字幕はなし。有名な映画のモチーフをかい摘みながら進んでいくコメディーのような印象。
サブスクリーンの緑チャンネルはメイン(青チャンネル) を客席として見ている構図で、こちらは完全にノルウェー語。我々オーディエンスの野次を実況していそうな感じだった。緑チャンネルの音楽担当はWhy Kai のため、ストーリーを諦めて音楽を聴くためしばしば切り替えた。
アニメや映画のモチーフが続くなか、日本語でのセリフが出てきたときには字幕が出てくる。
異変に気づき始めたのはNamiさんの息遣いがやけに激しいと感じた頃からだった。やけに大きい足音で劇場に入ってくる人や「爆ウケ」し続けている人。緑チャンネルは演出ではなく客席でリアルタイムに演じられており、劇場内の音声を取り込んでいたのであった。ウケている人は「笑い声役」の人だったわけだ。
よく見ると、スクリーンの裏は箱状になっており、ストーリーに合わせて照明も同期していた。…いや、これは同期ではない。スクリーンの「映画」も、裏の箱内でリアルタイムに演じられていた。
演劇と聞いていた映画は、演劇だった。なぜ演者がマイクを付けていたのか、息遣いがそのままだったのか、字幕がないのか。日本語の字幕はリアルタイムに合わせた演出だった。
徐々にフィジカルが見え始め、後半、遂に画面の枠が外れ、スクリーン裏の舞台が開き「虚構」が「現実」へと現れ始める。この間も赤チャンネルはラジオステーションを続けており、D’Angleo – How Does you feeling とソドムの市のような露悪が交錯し、それは現実に起きている凄惨な事態を、音楽を聴きながら流し見しているような皮肉さを演じているようだった。
真っ暗な客席に並ぶヘッドホンのライトをスクリーンに映して演技が進むなか、客席側への呼びかけで一定数のオーディエンスが立ち上がったのはどういう意味だったのだろうか。
終盤、フィジカルを使ったハードな演技をカメラで捉え続ける。その間緑チャンネルはKaiによるピアノソロが流れており、物悲しく美しい音楽とJackassのような肉体的アクションがなんとも表現し難いコントラストと切なさを生み出していた。
そして演技が終わると、序盤に流れたものよりさらに直接的なミーム映像の羅列が続く。スクリーンで起きていることは、現実で起きていることであり「かい摘んで生まれたフェイク」である可能性の示唆とも言える。
同じ空間で起きている出来事を、あえてスクリーンを通してみる。「スクリーンで起きていること」はどれだけ奇天烈でも笑って済ませられるが、現実になった瞬間のおぞましさを、段階を踏まず感じさせる仕掛けだと感じた。
言語を超えて、感覚と仕掛けだけでも充分に意味を感じ取ることができる挑戦的・実験的な舞台だった。実際に演技を肉眼で見たいと言葉にする一方、人々はストリーミングで満足している。自己承認と性欲に消費され続けるアートカルチャー。テクノロジーの進化によって生じている歯痒さは、人間が本来求めているとはどうしても思えない。
終演後、Kai 母、妹と感想を共有。出演者の皆さんとも挨拶できてよかった。Kai にこの辺りで「コスパのよい食事」を聞いて行ってみるものの、やはりアベレージが高すぎたため、REMA 1000 でのサラダバイキングとパンで満たす。美味しいのがまたなんとも。
その後Espen、Posner が運営を務めるショーケースフェス「By:Larm」のためBLÅ へ向かうものの、遅い時間でパス交換受付が閉まっている。なんとかパスを交換して入場。ようやく見つけたFIG TAPE の最後の1音だけ聴けて終了。バンドのパフォーマンスはこれで終わりという絶妙なタイミングだった…。無念。
忙しそうなEspen、片付けをするEliasと話す。DJを見に行って、低音に暴れ狂う空き缶を堪能し、適度に帰宅。
濃厚な日々でなかなか飛ばせないのがノルウェー。今回は動画なし。暴れ狂う空き缶は次号の動画に登場予定。
それでは、続きはwebで。チーン。
